1:夕焼けのコメットさん


すぐにテレビ番組の真似をしていた僕らには
ほんとに魔法が使えたのだろうさ
まさみちゃんは七色のクロトンの枝を折って
くるり くるり と回して
スペシウム光線をかわし
ついでに みんなの心をかきみだして
授業がつまらない
部活がつまらない
夏休みの宿題がつまらない
ほんとの夢がその先にあったことは
気づいていたのか気づかなかったのか
もう一度
七色のクロトンの枝を回すには
掛け算も分数の足し算も必要なんだってさ
仕事がつまらない
会社がつまらない
ほんとの家庭ってこんなもんじゃない
いつから僕は
まさみちゃんのこと忘れてしまったのだろうか
いや忘れてなんかいないのさ
宿題はまだ終わっていない
分数の足し算のところから
いつのまにか
源泉徴収の計算をしながらでも
介護保険の算段をしながらでも
クロトンの枝がガサっと鳴る音が
心臓の側で
いまさら
心臓の側で
願いごとなんてあるわけじゃないのだけれど
もう一度 
あの頃のようにこたえてくれないかい
夕焼けのコメットさん
日暮れが近いよ


(2004-02-16)

2:夕焼けのポケットさん


まだ公園も整備されてなくて
材木置き場で資材主の目を盗んで遊んでた頃
もうお家へ帰ろうかという時間に
畑から帰る吉じいは子供達を集め
動物の真似をさせては
これは猿の薬、これは犬の薬、これは猫の薬と
ズボンの右のふくらんだポケットから
アメリカ色のミルクキャンディーをくれた
そういえば左のポケットもふくらんでいたけれど
僕らは右のポケットしか見ていなかった
それから
吉じいの引く水牛の姿もなくなって
街の予備校へ通ったり
基地の中や夜の街や内地で働いたり
それでもたぶんみんな
吉じいのくれたミルクキャンディーを忘れてないよ
僕らは僕らなりに
左右のポケットにいろんな物を押し込みながら
夕べ
いつまでもアメリカ色のキャンディー
だとばかり思っていた左のポケットから
バイオレットが出てきたよ
吉じいの好きだった煙草だ
親父達は何かに憧れてアメリカ煙草を吸ってたけど
吉じいはいつも
僕らの動物の真似を見ながらこれを吸っていたんだ
美味かったのか?
こんなにも舌がしびれそうなものが
僕は
内地煙草に慣れてしまったから
とても飲めない
けど そのまま
そのまま 左のポケットに押し込む
と 
そこから夕焼けが


(2004-02-20)

3:夕焼けのチケットさん


大学時代のテキストの隙間から
色の褪せたチケットが
半券も切られないまま何年もそこに
「ところでそのコンサート」
と相方がつぶやく
そう
このコンサートはとてもよかったらしいね
解散間際で
それぞれの気持ちが
歌声やギターの音に響いていて
あれから
流行の再結成の噂もなく
そりゃ 
もう一度生で聞きたいってとこだけれど
流されずにそれぞれの道を歩いている
って
そういうところがまた嬉しかったり
ほんとによかったらしいね
「ねえ」
うん
そうだね
こんなことを聞きたいんじゃないってことは
さっきからわかってるよ
いったい
誰と行けなかったんだろうね
どこに行けなかったんだろうね
どうして行けなかったんだろうね
もう行けないんだろうね
もう
あの日の僕は
忘れていいかい
夕焼けのチケットさん
すっかり
色も褪せてしまったのだから


(2004-02-26)

4:夕焼けのカレットさん


石鹸のにおい
休み時間の度に手を洗っていた娘がいた
両手で水をすくい
端からこぼれ落ちるところから飲んでいく
こんなふうに
僕の書く文章なんて
いつも隙間だらけの言葉足らずで
伝えたい人には伝わらず
愛している人達には気づかれもしないように
それでも
その足りないとこから
夕焼けの空のドアが開いている
と思うんだ
初めから満たされている物を欲しがり
リライアビリティーなんて言葉が
信頼の本当の意味も知らず流行る世の中でも
僕の言葉には隙間
あれ

放課後
あの娘のエクボ
照らされ透ける後ろ髪
水飲み場の石鹸のにおい
名前も帰り道も
途中までしか知らなかった
あの空の色が
やがてにじんで来るように
ひとつずつでも
足してゆければと思うんだ
ほら
夕焼けのカレットさん
まだここんとこにも隙間が


カレット = caret

(2004-03-04)

5:夕焼けのソネットさん


ひとつの恋やひとつの季節や
その移り変わりのたびに
ひとつのうたをうたう

あなたのうたは
あなたの心を解放してくれますか
それとも
縛り付けられたままですか

その合間でゆらゆらと ゆらと

遠くの誰かのこころも
ゆらすことができれば
それだけで
明日のうたもうたえるのでしょう




このわたしのうたにも
横向きのカレットをひとつ
あなたの声で
夕焼けの色を差しこんでください


(2004-03-25)

6:夕焼けのコロットさん


何年ぶりかに訪れた町は
道路が広げられ
いくつもの大きな店が並び
駅ビルもすっかりきれいなホテルになって
僕の中の地図はすっかり
すっかり塗りつぶさなきゃ
いけないのだろうか
塗りつぶしたい理由が他にあることは
すっかり忘れたつもりで

僕の育った町では
かろうじて残ってはいたローカル線の一部も
全廃止になって
そんなニュースは三日間だけで
田んぼの水入れは毎年のように
陽の光がゆらゆらと
そこに
時計代わりの線路のきしむ音は
田んぼには聞こえてこないよ
もう聞こえてこないんだよ
よんどころなく


全てを忘れることなんてできない
全てをそのままに覚えていることも
もちろんできやしない


今僕が住んでいるこの町で
いつも車で通る道を
なにか理由をつけて歩いてみる
探しものなんか無くてもいい
何かを思い出すように
振り返りながら


(2004-04-08)

7:夕焼けのソケットさん


赤とんぼ食堂の他人丼の味と
裸電球の熱は変わってなかった


そんなことで
たったそれだけのことで
さんざん無理して
気付かないふりしてきた僕が
すぐそこで笑っている
淋しい目をしてれば
まだ許せるものを
どこを見ていたのか
あの日の僕は
明日の僕を見ながら


裸電球のソケットに
コンセント口が付いていて
そこに繋がるラジオから
夢が見えていた頃
たまらなくなって
黒いスイッチをひねれば
背中の方から
抱きついてきた
吐息はそこから
喧騒の中 始まる
二人だけの静かな夜に溶け


赤とんぼ食堂の他人丼の味と
裸電球の熱は変わってなかった


 そんなことで
たったそれだけのことで



(2004-04-17)