夕焼けが足りない

1:自転車置き場


自転車置き場で
空を見上げるのがいい
そこに風でも吹いてくれれば
なおいい
そんなとき
携帯電話の電池でも切れていて
何か大事なことや
大した事じゃないことや
君にとってはものすごいこととか
僕の中では手痛いことなんか
でも
聞きそびれたりなんかするのがいい
のに
イカはものすごいとこまでも使えるらしい
と制服の君が言う
イカのものすごいとこというのが
君にとってどこまですごいことなのか
よくよく聞けば
イカの耳も使うとか
そうか君にとってはそんなにすごいところでも
君の耳のほうがずっと感じる
なんてのは言えない

案外そうでもないのかもしれない
けれど
そういうことですごいことを望む
ましてや
イカの墨でソースを作ることや
その内臓で魚醤油が作られることなんか
知らなくてもいい
いい
もういい
体育館横の自転車置き場で
剣道部の練習の声が聞こえてくると
僕は
もう夕焼けを待っているように空を見上げ
商店街の方向へ歩き出す
魚屋の前ではきっと
夕焼けが足りないと 
うつ向いてしまうのだろう


(2003-10-21)

2:Better half


Better half なのかどうか


糸瓜料理は

ちょっと手間をかけると
ポチャポチャと
自らの汁にスポンジのように
漂いだす

美味いから食べてみろ
などと言ってみると
案の定
一口食べて
うなづき
箸を置くだけで

ポチャポチャと
ポチャポチャと
     漂いだす
自らの海に
     漂いだす


そんなところが好きで
味なんてのは
僕だって判らない

お箸じゃすべるし
スプーンですくって食べていいから
って誰かが
いつか


オレンジ色の記憶の中で
ポチャポチャと
形もくずれてしまっているのは
僕も同じで

そこにいる君が
better half なのかどうか

美味いから食べてみろ
などと
もう一度 言ってみる


美味いから


(2003-12-25)

4:枝垂れ


 まだ緑の生い茂った頃につく花梨の実は、毎年のように手に届かないところについていて、酒に漬けると美味しくなるとか、蜂蜜を加えたら喉の薬になるとか、はす向かいのKさんは毎年言う。
 けれど、その花梨の実は家のものではなくて、荒れ放題の隣の敷地から家の屋根に覆いかぶさるように伸びているだけで、喉薬にしたいから花梨を分けて下さいと言えるほど、隣の亭主も僕自身も波平さんみたいにはなれない。
 それから、無花果が、キイウイが、柿がそれぞれ実をつけては家の玄関口や勝手口にせり出してくる。のをそのままに放っておくと、まず、無花果のお尻に小さい穴が開いて虫が入る、キイウイは熟す前に風に吹かれてボトンと落ちて、柿は、柿はよっぽど渋いらしくて、ドロドロになってから鳥に啄まれる。
 雪の知らせも届きはじめ。実のなる木はすっかり葉が落ちてしまい、隣の縁側がよく見渡せるようになっても、花梨の細い枝の重たそうに付いている実はそのままで、いつまでたっても
「あの頃」
なんて言っている自分もぶらさがっている。


(2003-10-29)

5:赤い辞書


赤い辞書

君の持っている赤い辞書に
夕焼けは
挟まれている

もう長いこと挟まれていたので
辞書の文字が夕焼けに溶けて
世界がぼやけて
君の世界がぼやけてゆく

のを見ている僕は
もうとっくに溶けた
溶けたままで
泣いた

自転車の影
長い影
魚屋の匂い
紅いほっぺた

その辺に
赤い辞書

のたぶんその辺に
夕焼けは
挟まれている


(2003-10-26)

8:十字路

  

坂道のぼって十字路へ
薬局、食堂、てんぷら屋
くさみち、赤道、平良川
信号 渡って瀬戸物屋


バス停に立つ僕
落書き、はがれかけ、路線図
くさみち、赤道、平良川
指で明日をなぞってみる


セント玉は誰が入れたのか
新型両替機、すぐ壊れる
くさみち、赤道、平良川
役場、農協、ゲート前


指でなぞれば
どこまで繋がっていたのか
くさみち、赤道、平良川
普天間、宜野湾、飛行場


昨日、今日、明日
いつもアパートの窓の側を
くさみち、赤道、平良川
走り去るローカル線


駅に向かい
薬局、食堂、てんぷら屋
くさみち、赤道、平良川
信号 渡って改札口


(2010-09-02)

9:いや


いや

つぶやくようにふるえると
夕焼け

きみのくちびるが夕焼け

のように
まわりの景色をちょうどいい速度で染めてゆき
滲ませ

くちびるから夕焼け

とけるように
いつまでも終わらない

いつまでも
いつまでも足りない
くちびる


アーケード奥の魚屋には射し込まない
夕焼け
がある

きみのくちびるなんか夕焼け

にしてしまえ
たらいいのに
ただ見つめているだけ

染まる
のは 心
滲む
  まま


きみのくちびるが夕焼け
きみのくちびるを夕焼け
きみのくちびるへ夕焼け
きみのくちびるから夕焼け
あふれるように消える
きみのくちびるは夕焼け


それでも
まだ
足りず



いや

つぶやくようにふるえ
夕焼け


(2003-12-26)

10:これで最後ですよ


 これで最後ですよ

と通達された

 あなたのための夕陽はもう残っていません

どうやら
流行りの成分のひとつで
許容摂取量も決められていたのに
僕はあまりにも依存症で
無駄に取り過ぎたために
取りあげられてしまったらしい


近頃の僕はすっかりあの頃のKさんで
お腹が出てきたことや
髪の毛が細くなったり
脂ぎってきたりしていることはまだいいとして
営業用の愛想笑いと
反りの会わない部下に冷めた視線を送ったりしているのを
ふと我にかえって見てしまうと
吐き気をもよおしてくる
喫煙コーナーで僕の口から漏れ出す愚痴や説教なんて
糖尿病の研究をしているのに肥えているお医者様にしか
意味が見つからない
よくある 
よくあることで

仕事を終えると陽は暮れている


ああ お天道様お天道様
煙草はもう吸いません


最後の夕暮れをどうしようかと
日曜の昼下がりの土手に
風が吹いた

会いたいときはいつでも会えるしって言った彼女の番号を X
会えないときでもつながってるんよって言った彼女の番号も X
うちひとりだけは見といたげるしって言った彼女の番号を X
これからもずっと一緒やねんって言った彼女の番号も X

風 吹いた
僕は目を開けたまま
夢 見ていたら
風 吹いた

会いたいときはいつでも会えるしって言った彼女の背中に X
会えないときでもつながってるんよって言った彼女の胸にも X
うちひとりだけでも見といたげるしって言った彼女の腿に X
これからもずっと一緒やねんって言った彼女の耳にも X


 X
  X

もう
染まることもないんだろう か
立ち上がると
風 吹いた


ああ お天道様お天道様
僕にはどうにも足りないのです


(2003-12-27)

14:赤ペンさん


赤ペンさんのバイトをしていた頃のこと
その日は小学校三年だか四年生の国語のテスト
の丸つけをしていた

    いつものように今日もけんちゃんとけんかをして
    しまったわたしは、秋の河原で飛びかうトンボを
    眺め、「けんちゃんなんかきらい」と言いながら、
    さびしくなってしまった。トンボみたいにいくつ
    もの目があればいいなあ、、
とか、なんとかの文章を読ませ
問題は

    「わたし」はどんな気持ちになったのでしょうか
というもの
もちろん

    さびしい気持ち
という答えに丸をつける
そんな、ほんの一瞬の繰り返しの中

    トンボになった気持ち
と汚い文字の答え
おそらくずいぶんと丸まった鉛筆で
そのときは思いきり

      ×
としたのだけれど
「わたし」は

    さびしい
よりももっと混ぜこぜな気持ちで
それは

    トンボになった気持ち
だったのかもしれない
と今では思う
その「わたし」になりきった子は

    トンボになった


ほどに
どんなにかさびしくなってしまったんだろう


(2005-12-16)

16:対角線


魚屋さんには
夕陽がさす

それは
雨が降っていても
モールの中でも
かまわずに


その匂いの中に
さしてくるのだ
とうつむいたり

それじゃ
見えるものも見えなくなってしまうって
そう言ってた
君を思い出しては
明日のほうへ
顔を向けたり



明日は
来るだろうか


いつもの夕陽が
優しすぎるから

明日は来るのだろうか

君の夕陽は
そして
君の明日は


あいかわらずの僕は
うつむいたり
顔あげたりの
魚屋さんで


(2016-08-29)

17:生まれながらの血の不足


そんな風にときどき
ためいきをつきたがっている
ぐらいなのに
そんなところへ
Mさんのお話なんかされるものだから

まっ
    しろ

になってしまっていつでも


間がわるい僕にとって
足りないものはたくさんあるの
それがなんなのか
ひとつひとつあげていくことなんかできない
それが
ぼんやりとした不安につながるのか

ねぇ

ぼんやりとした不安

  って素敵な響きなのに


小春日和の河原の土手で
あくびをしながら
夕焼けを飲む

すこしだけ血が濃くなる
すこしだけやわらかくなる

生きているって言ってみろ
 って言ってたくせに

あんたも

 この夕焼けを飲んでみろ



「即興ゴルコンダ」より

(2017-01-16)

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