Imagine

1:花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる、ように

1 バス待ち


陽だまりの停留所に
車椅子の老人


声かけようかたとえば
今日もお陽さん輝いていますね
でもすぐそこには冬将軍で
そのブランケットは暖かそうですね
サングラスがずれてますよ
とか やめとこ

22番は
まだ来ない


私は22番を待っているのだから
こうして体を少し揺らしながら
待っているだけでいいのだ
なにも
若者に気をつかって
いつもどおりで
時間どおりじゃあないよなあ
なんて笑う必要もなく
時刻表を見る必要もない

22番は
まだ来ないのだから


やがて22番が停まり
若者が先に乗り
一度だけ振り返ると
老人はやはり
居眠りのふりをして

陽だまりの停留所


(2003-10-23)


1:花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる、ように

2 星待ち


「家へ帰ろう」星空を見ながら、つぶやいた仕事場からの帰り道。深呼吸ひとつ。「久しぶりだな、こんなによく見えるのは」とまたつぶやいて、半分酔ったままで、大崎で見た星を見ていた。朝になれば、またいつもの顔で白いワイシャツにそでを通し、鏡の前で「今日もいけるか」って顔するんだろう。笑顔つくって「行ってきます」って言って、坂道下りて、電車に揺られて。なだらかな坂道を早足で歩き続けるような、そんな暮らしの中で、どんな空を待っているのかさえ忘れたつもりで。日が暮れればまたいつもの顔で、トイレの側で一服ついて、鏡の前で「もういいか」って帰り支度の顔して、笑顔つくって「おつかれ」って言って、階段下りて、電車に揺られて。悪くない、今の暮らしは。愛してる、妻や子供達を。でも、それでも半分酔った帰り道に思うんだ。「帰りたい」あの空の下に帰りたい。あの星の空の下に帰りたい。あの街の星の空の下、の安いアパートの部屋の窓、から見上げていた星座、の名前さえも知らない、くせに夢は抱えたつもり、の物も知らない世間知らずの馬鹿、に帰りたい。帰りたい。あの空の下に帰りたい。電車下りて、坂道上って、笑顔つくって「ただいま」って言えば、星はもう。


(2003-10-23)


1:花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる、ように

3 声待ち


毎年この日の夜には
上原君の星が話しかけてくるはずなのに
今年は何も聞こえてこなくて

見上げても
光が揺れることもなく

なあ、もう忘れちゃうよ


小さく嘘をついてみた

遠くの河原で花火の上がる音
そして
     虫の声

もう

     忘れちゃうよ


(2003-10-23)


1:花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる、ように

4  草待ち


ずいぶん遠くの方で
誰かを思うのが好き


バーゲンプライスのある本屋で
ポエトリー&ハーツ
と書かれたペーパーブックに目をやりながら
これは これは
ずいぶん遠くの誰かが
すぐ側によってきて
助けてくれなければ
とても とても
キャッシャーまでは持って行けない


買いそびれて
帰る家並みのきれいに刈り込まれた芝生は
幼い頃のフェンス沿いの日々を
眩しくも
優しく思い出させて
「日曜の朝」
とか
「日曜の陽射」
なんかの歌詞の意味が
目の前に確かに放り出されていて
自転車をこぎながら
一人で笑ってしまう


芝生の脇のいくつかの
オオバコやタンポポしか数えるものもないのに
ひとこぎ進む度に
君を通り過ぎた気がした


(2003-10-23)


1:花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる、ように

5  風待ち


一昨日のテレビで
はじめてその意味を知った子供が
二時間半泣き続けて寝た
男は泣き顔を見られちゃだめなんだ
と言いながらも
その子が愛しくて仕方がない
生きて行くと
心や脳にいくつものスクリーンがかけられ
漏れてくるものが
世界の全てになったとしても
花火、キリコ、エイサー
囃子、漁火、風車
を見ながら、聞きながら
空を見ながら
虫の声を聞きながら
風の音を聞きながら
ときおり
声をあげて泣いてもいいかい
と、痛む胸と
深い寝息の顔に問いかける
答えはまだ見つからない
のか
もうずっと前から
そこにあるのか
そのままに生きてゆく
世界の全てが優しさで包まれるように

花束と折り鶴が少しだけ風に揺れる
ように


(2003-10-23)


2:かでぃなー  嘉手納


 おっきい おばあ
 おきなわでもきしゃがはしってたって
 ほんとぅ


 ええ やーぬ わらばーや        ねえ お前の子は
 ぬーんでぃ いちょーが         何と言っているのかい

 うちなーん んかしや          沖縄でも昔は
 きしゃぬ あたんなーんでぃ       汽車があったのかって

 ああ ケービンぬくとぅやさや      ああ 軽便(鉄道)の事だね

 ケービンんでぃ いーねー        軽便といえば 
 せんぜんにあたぬ きしゃやいびーさやー 戦前にあった汽車ですね
 なーふぁの みぐい びけー       那覇の周辺だけ
 や あいびらんたがやー         じゃなかったですか
 おばあ                
 ぬたぬくとぅ あいびんなー       乗ったことあるんですか

 あねー あらんどぅ           そうじゃないよ
 かでぃなー までぃ ちょーたんど    嘉手納まで来てたよ
 かでぃなー までぃ           嘉手納 まで


   かでぃなー までぃ          嘉手納まで
   さんじかんぬ かかたがやー      3時間程かかったかな
   あっちどぅ いちゅたんどー      歩いて(こそ)行ったんだよ
   うぬ おじさんや           このおじさんは
   わんが てぃーひち          私が手を引いて
   やーぬ おとーや           お前のおとーは
   わんが うぶてぃ           私がおぶって
   おじいぬ いくさに いちゃぬひやさ  おじいが戦争に行った日だ
   うぬとぅち はじみてぃ        この時初めて
   きしゃんでぃ ぬむぬ         汽車というもの
   わがみでぃ いんじゅたしが      我が目で見たけれど
   うとぅるさたっさー          恐かったよお 
   おじい うとぅるさや         おじい 恐さは
   ねーんたがやー            無かったのかなあ
   きしゃぬ ちゃーに          汽車が来て
   んーな ならでぃ           皆 並んで
   ケイレーぬ すたしが         敬礼をしたけど
   わったーぬ おじいや         私達のおじいは
   どぅぬじー そーたが         どのようにしてたのか
   わしたっさー             忘れたねえ
   どぅぬじー              どのように
       そーたがやー             してたのかなあ
    どぅぬじー              どのように
         そーたがやー             してたのかなあ

   けーいぬ みちどお          帰りの道も
   わらばーたーぬ            子供達の
   てぃーひち うぶてぃ         手を引き おぶって
   やがてぃ               やがて
   ひぬ くりとーたんやー        日が暮れていたねえ


 あいえー あいえー           あれまあ あれまあ

 えー やーぬ わらばーや        ねえ お前の子は
 ぬーんでぃ いちょーたがやー      何と言っていたのかい

 なあ しむんどー おばあ        もういいよ おばあ

 ああ やさ やさ            ああ そうだ そうだ
 みった おりこーぐわー やさやー    本当にお利口さんだねえ
 かでぃなー までぃ ちょーたんど    嘉手納まで来てたよ
 かでぃなー までぃ           嘉手納 まで


(2003-11-10)


3:ハーブ園


ラベンダー絨毯の中
東へ東へ向かうバス
点在するハーブ園
スィングするカラフルな文字
流れる
ラジオから
セージ、パ リ、マリ 、タイム、、、
と聞こえ
行くのですか
と問い掛ける
ええ、これから
でもスカボロー・フェアー
なんて
どこでやってるのか知らないんです
ラベンダーの紫が途切れ
原生林と海がぶつかる道へ
美しい入れ墨の若者
踊りながら
これから行くのですか
と問い掛ける
コロポックルを彫る老人
振り返り優しく
行くのですか
と問い掛けてくる
長い髪と昆布を垂れる海人
岩場に上がり
行くのですか
と問い掛ける
ええ、たぶん
でも
行き先も知らないし
正しい道なのかも
知らないんです
バスは岬の先端に辿り着き
すぐそこには
島影が見えていたり
ここを渡って行った人
ここを渡って帰ってきた人
ここを渡れないままの人
ここから見ているだけの人
ここへ帰ってこれない人
そして
行くのですか
と問い掛ける
ここから続く空
はるか空の下
鉄の塊に乗り
さらにはるかな地に降りたったGI
行ってしまうのですか
と問い掛ける
あなたも行ってしまうのですか
と問い掛ける
あなたも列に並んで
あなたの親も見た事のない
変わり果てた瞳で
こおろぎを見つめるほどの
情も映えてこない瞳で
足並みは
揃わされてしまったのでしょうか
土から生まれた唄のように
いつまで経っても
詠唱の意味が
解けることはないでしょう
そして
スカボロー・フェアーは
終わる事を知りません
せめて
ハーブをちぎり
魂を
在るべき場所へ


(2003-11-14)


4:ムイグヮー


本当中部の小学校で よくあるように
高台を開いた土地に建てられていました
二年生の教室だけは校庭をはさんだ東側に
平屋建ての校舎でした
その校舎の裏に緑の小さな森山(ムイ)があり
放課後(誰に)かは忘れてしまいましたが
連れられて登りました
近くで見ると岩肌に
ガジュマルやエンジュの木がへばりつき
あらぬ方向から急に角度を変えて
空に伸びていました

途中 岩を抱くように歩き
また 四つん這いでしか通れない
そんなところもありましたが
子供でも歩ける小さな道が上まで通じていたので
島によくある御嶽、ウグヮンジュ
あるいは内地によくある日和見山
のようなものだったのかもしれません
上からの見晴しは素晴らしく
海に向かって沼地、サトウキビ畑、製糖工場
振り返って自分の教室が見えたとき 
意味も無く両手を高くあげました

何回目かに行ったときのバンザイが
先生に見つかることになり
そのムイに行けなくなったんですが
なぜかもう一度登ってみたくなり
見つからないようにと
違う道を行ったことがあります
知らない小道は中へ中へと
結局 胸の高さの洞穴で行き止まり
中を覗くと人骨が転がっていました
「裏の小山に入っちゃいけない」
という意味がわかりました

戦争からそのまま
ブリキの道具もそのまま
生まれる前の ずっと前のことなのに
そのまま 
かん高い機械音に見上げた空に
超音速の飛行機雲が南へ伸びていました
そのころ 街の方では
  「那覇市小禄 聖マタイ幼稚園横の下水道工事現場
   で、打ち込まれたパイルが当たり不発弾が爆発。
   作業員三人と女児一人が死亡し、三十四人が重軽
   傷を負った。
   旧日本軍が埋めた地雷であった。
           (1974年3月 琉球新報)」

ムイの下の沼地が
サトウキビ畑に変わりました
おそらく壕は閉じられたでしょう
復帰から二年
島が翌年の海洋博で昂っている頃です

今ではもう ムイ自体なくなりました


(2003-11-27)


5:天国のない島


 譲治は
 転んでもすぐには泣かずに
 ひざ小僧の痕を
 ひとつふたつと
 数えていた
 数えているうちに
 血が滲んできて
 滲んでくる血を見ているうちに
 お婆が寄り添ってきて
 優しい手でひざ小僧を
   ツルメックェー
     ツルメックェー *
 仕上げに
 痕をさすった手で空を切った

 

 譲治の
 家のガスレンジの向こうには
 仏壇のように
 お茶とお酒とお米が供えられたヒヌカンがあって **
 お婆は朝な夕なに
 黒線香を立てていた
 お米を取り替える時には
 下げた米粒を譲治の頭にすりつけ
   チャーガンジュウ
     チャーガンジュウ ***
 仕上げに
 髪をさすった手で空を切った


 譲治の
 お婆はいろんな神様を知っていた
 そして 
 いろんなムジナも知っていた
 それは
 George のパパの国にも
 譲治の新しい父ちゃんの国にも
 昔は住んでいたらしいけど
 強い神様がやってきて
 もういなくなったらしい

 

 譲治は
 生まれた時には「George」であって
 「譲治」ではなく
 お婆にはその違いも判らなかったが
 譲治が
 そのことに気付いたのは
 随分小さい頃で
 ずっと気付かないふりをしていた
 母ちゃんはいつも
 夜遅く帰ってくるので
 子守り唄はお婆の声で
   ナチュヌワラバー
     ミミ グスグス ****
 仕上げに
 耳をさすった手で空を切った


 譲治は
 母ちゃんのやっている歓楽街のスナックに
 初めて入ってみた
 昔はドルが高くて
 Pay day には大賑わいだったらしいが
 この頃では観光客相手に

 店からの帰り道
 母ちゃんは突然
 道ばたの草をちぎり
 いつもお婆がやっていたように
 〆に結んだサングヮーを作り *****
 譲治の胸ポケットに挿した
 「Georgeのパパは ベトナムに行く前に
    この島は天国 と言ってたよ
      でも、本当の天国に行ったけどね」

 仕上げに
 頬をさすった手でクロスを切った


 譲治は
 生まれた時には「George」であって
 「譲治」ではなく
 けれど
 大人になった譲治には
 パパの言った天国の意味も
 母ちゃんの言った天国の意味も
 心で感じることはできずに
 ただ
 〆に結んだ草を見つめて
 空から聞こえてくる
 お婆のつぶやくような
 いくつものおまじないの声に
 耳を澄ませていた


 * チチンプイプイのようなおまじない
 ** 火の神を祀る棚
 *** ずっと頑丈で
 **** 泣いている童は耳グスグス、『耳切り坊主』の一節
 ***** 魔よけ、お守りのようなもの、
     夜出歩くときに身に付けた。


(2003-11-29)


6:物語 Munugatai


支那世からぬ昔話や         
明日ん歩みそおりい
笑てぃ歩みそおりい んち
事実ぬ辛さや事実ぬ涙や
美らさぬ物ん裏んかい
美らさぬ海ぬ過去んかい


わったーおばあぬ昔話んちょお    
大和世や大和人ぬ様         
アメリカ世やアメリカーぬ様     
歳んかい流さってぃ如何ないがすら


一日十五日や            
ウートートー ウートートー     
御先祖様よお 御先祖様よお すしが 
おじいぬ事ん壕ぬ事ん        
一言んちょお語らん


あんし物語や            
明日ん歩みそおりい         
笑てぃ歩みそおりい んち      
やがてぃ              
美らさぬ物ん裏んかい        
美らさぬ海ぬ過去んかい


あんし物語ぬ中やねえ        
事実や曲ぎてぃん如何ん無えん    
やしが真実や            
真実や               
曲ぎららんしぇえ




Munugatai(ヘボン式)


Shinayu karanu nkashibanashi ya
Achan acchimi souri
Waraty acchimisouri nchi
Atanukutu nu chirasa ya atanukutu nu nanda ya
Chyurasa nu munun kushin kai
Chyurasa nu uminu kushin kai

Watta obaa nu nkashibanasi ncho
Yamatoyu ya yamatonchu nu yu
Americayu ya Americaa nu yu
Tushinkai nagasatti chaa naiga sura

Tsuitachi jyugunchi ya
Uu To To, Uu To To
Gsu yo, Gsu yo sushiga
Ojii nu kutun gama nu kutun
Chukuchi ncho kataran

Anshi munugatai ya
Achan acchimi souri
Waraty acchimisouri nchi
Yagati
Chyurasa nu munun kushin kai
Chyurasa nu umin kushin kai

Anshi munugatai nu naka yanee
Atanu kutu magitin chaan neen
Yahiga makutu ya
Makutu ya
Magiraran shee




物語(標準語)


シナの世からの昔話は 
明日も歩いて下さい
笑って歩いて下さいって
辛さの事実や涙の事実は
きれいな物の裏に
きれいな海の過去に


うちのおばあの昔話さえも
大和の世には大和人のように
アメリカの世にはアメリカ人のように
年月に流されてどうなるのか


一日や十五日(旧暦)には
ウートートー ウートートー
ご先祖様 ご先祖様 としてるけど
おじいの事も避難壕の事も
一言さえも語らない


そうして物語は
明日も歩いて下さい
笑って歩いて下さいって
やがて
きれいな物の裏に
きれいな海の過去に


そうして物語の中では
事実は曲げても どうということもない
けれど真実は
真実は
曲げられないから


(2003-12-31)


タイトル

ここからテキストが始まります。ここをクリックして入力を開始。 ねな らむうく やまのお ゐよ くやまえてぬ るふこしむ。 いろは をと ちりへほあさ きへ あさきよ ふこむ ねならむうく やまの おゐよく やまえ てぬ るふこしむ。 いろはをと ちり へほあさ きへあ さきよふこむ ねならむうく やまのお ゐよく やま えてぬる ふこしむ、 いろは を。

6: ニライ・カナイ(2000年、夏に思う)


世界の偉い人達が 島に来た
この国の偉い人達は おおわらわらしい
島の偉い人達は 自慢げで 
でも
愛する僕の家族は いつも通りだった

島にとって 大切なものはなんだろう
この国が欲しがってるものとは 違うんだろう
世界の偉い人達は 自分の国と
同じ価値観の国を 欲しがってはいない 
でも
どこの世界でも変わらない 大切なものがあるはず


      たとえば「命どぅ宝**」とか 


彼らの国が 島にとって
ニライ・カナイでありますように

この国と この島が 見知らぬ国にとっても
ニライ・カナイでありますように

できれば 
僕ら ひとり一人が 愛すべき誰かにとって
ニライ・カナイでありますように


*ニライ・カナイ=沖縄神話にでてくる、
東方の海の彼方にある楽土。そこから来
訪神が島にやってきて豊作や繁栄、健康
をもたらすとされる。
**命こそ宝。

(2004-3-12)


7:大地に翔る


アフリカ西海岸
港町 Freetown

片足のない子供達のサッカーチーム
瞳はダイヤモンド以上に輝いている


鉄鉱石
ボーキサイト
ダイヤモンド
カカオ
を産出する
富める大地の国の平均寿命が
40歳に満たない


子供達の瞳は輝いている


(2004-04-25)


8:要冷凍


氷点下十五度の空気を吸いながら
せかせかと歩き
空を見上げると雪がはらはらと
はらりはらりと
降るのは粉雪でもなく
結晶のままの形で成長し
黒い手袋のひらで
そっと受け止めると
そこに星が散らばってゆく
アスファルトの上にも
星が


帰ったらシチューだよなやっぱり
と言いながら手袋で星のままの雪をはらうと
服も靴も濡れてなくて
ドアを開けると
夏子がハサミで包装フィルムを切り刻んでいた
切手サイズのそれは
ベルマークとかポイントとかそんなものではなく
きっとリサイクルマークだろう
中でもお気に入りは塩素を含まないPPだと言っていた
のを思い出しながら
ふと台所の窓の外に目をやると
その中身が散らばっていた
そうか
今日は「要冷凍」を


夏子は世界地図に
それをひとつひとつ置いてゆく
北極、南極、シベリア
マッターホルン
融けてしまうのは
明日かもしれない


僕は
素知らぬふりをしながら
一枚盗み
今住んでる街に
そっと置いてみた

溶けてしまうのは
明日かもしれない


(即興ゴルコンダより、2004-05-09)


9:淀川ブルー


 結局また
こんなとこに戻ってまうねん
て とむ が言う
ほんまの自由は
ここにあるさかいに
て じむ が言う
ぼちぼち が一番や 
て言いかけた はっく は
鼻水すすりながら
スネアを合わす
そんなんいまさら言わんでも
俺らのミシシッピ(淀川)は
絶えず流れて
ぼちぼち や
十三のホールの
ポリーおばはんのクッキーの匂い

メアリーの笑顔
が忘れられへんように
結局また
こんなとこに戻ってまうねん
て言いながら
筏に乗ったように
体を揺らす


(即興ゴルコンダより、2004-08-21)


10:Stabat mater


そちらは晴れていますか
あの青年も一緒にいるのですか
計り知れない憎しみはもちろんあるのですが
それでも
彼にもわずかの救いがあれと思う誰かがいます

そちらは晴れていますか
君のお母さんにも
この頃ようやく晴れ間の見える日があるようです

ほんとはあの日も
抜けるような青い空でした
いくつもの瓦礫のこすれる音
ときおり破裂する音
砂の巻き上がる音
叫ぶ声
抑えても叫んでしまう声
青空に吸い込まれていました

三日前に
君よりも幼い子を残して
一人の母が死にました
かつて彼女の恋人がそうしたように
でも
年老いた彼女の母親もまた
叫んでいます
抱きしめるべきは我が子なのだと
その孫を抱きしめながら



祈りを忘れてしまう夜がいくつもあります
誰かが亡くなったことを耳にしない日はないというのに

ハンバーガーを食べながら
我が子にその意味を問われました


(即興ゴルコンダより、2004-09-15)


11:チグリス チグリス(エンキドゥは泣いている)


チグリス チグリス
ユーフラテス
もう日が
暮れたのかな

チグリス チグリス
ユーフラテス
新しい日は
昇るのかな

チグリス チグリス
ユーフラテス
バグダッドは
迷子になったのかな

チグリス チグリス
ユーフラテス
最初のお話に
帰れるのかな


チグリス チグリス
最初の唄が聞こえたなら
ユーフラテスと
一緒に帰ろう


 はじめのお話へ

   はじめの国へ

     はじめの言葉へ

  はじめての魂へ


チグリス チグリス
ユーフラテス
いつかは
帰れるよ ね


(即興ゴルコンダより、2005-09-27)


12:スクリーン


里へは年に一度しか帰らない
その際、祖母の家へも行く
祖母の家の仏壇の上には大きな菊紋の入った額縁があって
下のこどもがあれはなんだと聞いてくる
フィリピン部隊で、と書いてある
実際には奄美沖だったとか、
よくわからないけど骨は帰って来なかったらしい

昨日 その子が
宿題ができないとうんうんうなっている
なんだ? と聞くと
「みんなに知ってほしいこと」
を五行程度の作文にしてくること
なのに
「曾じいちゃんは戦争で死んじゃった」
ことしか思い付かない、と
「そりゃ、やめとけ、もっと明るい話にしなよ」
とお父ちゃんお母ちゃんも
軽く言ってしまった

その後も結局寝付くまで
うんうんうなって宿題はできなかったらしい

ほんとに知って欲しいことは
そういうとても大事な気持ちなのかもしれないのに
ちょっと悪かったと思うよ
また君の心にスクリーンがかかっちゃったね 


(2006-05-12)


13:新しい武器


 一

 遺伝子マップを左手に、ぼくの好きな笑顔を
見せていたチブラさんの右手に、今、全遺伝子
配列図が握られている。笑顔を捨ててそれに埋
もれていくのか、それともくしゃくしゃにして
泣いてしまうのかを、今、僕は見ている。彼女
から目を離しちゃいけないよ、と言っていたガ
ロイさん。今、僕が見ているよ




なまぬるい詩を書こうと思います
それでひとりでも
どっかの誰かが平和になれば
いいと思います


ずっと 
なまぬるい詩を書いていこうと思います
それで世界中の誰もが
ほんのすこしずつでも平和になれ
と願います


今日も
なまぬるい詩のひとつでもできれば
少なくともぼくは
平和なようです


そうして

明日も 明後日も


(即興ゴルコンダより、2006-05-24)


14:僕たちは声を押し殺して手をつなぐ


僕達はお腹の中にいる頃から何度も
ボブ・ディランに、ジョン・レノンに
何度も包まれてきたというのに

またふりあげてしまったこぶしのその先で
煙が青空に溶けた

失敗とか過ちとかそんなことではないんだよ

煙は青空に消えた


君達もお腹の中にいる頃から何度も
母さんや姉さんの歌に
何度も包まれてきたのだから

ひとしきりの声と涙の後に
煙が青空に溶けた

失敗とか過ちとかそんなことではないんだよ

煙は青空に消えた


(即興ゴルコンダより、2006-05-30)


15:黒い大地


雨が降っている


破れた蝙蝠傘をさした賢治さんが
しゃがみこんでいる

100年経っても
芽はまだ出ないらしい


僕らはときどき
種は蒔かれなかったんじゃないかと思う


とりあえず僕は蝙蝠傘をスケッチしたけれど
同じように帰りそびれてしゃがみこんで

こんなメルヒェンの無い土では
育ったところで
咲くのも辛かろう

と声をかけた


(即興ゴルコンダより、2006-08-23)


16:ジミーと青い空


ハイ ジミー
今日は晴れているかい
君がジムという名前かどうか知らないけれど
僕の中ではジミーと呼んでいたよ

ときおりすれ違うだけの君が
急に
ねえ兄弟
今日はなんて素敵に晴れてるんだろう
って屈託のない明るい瞳で
ジミー 
ちょうどその頃の僕が
暗い淵に片足を突っ込んでたのを
気づいてたのかい

手にはいつもナイロン袋を握って
カゴの中を覗きながら
ポップのプラスチックボトルを見つけるたびに
笑いもせずSiと声を発する
そんな君を見ながら
MIではデポジット料金が他州の二倍なんだって
と袖を引っ張り合いながら
話す声が聞こえた

ねえジミー
ちょうどその頃
ホワイトオークリバーにも薄い氷が張って
渡り鳥が
その上を歩いていたんだ
僕の心はその氷の上で
静かに横たわっているような気分で
ときどきミシって音がするんだ
ねえジミー
そんなときに
今日の天気は素晴らしいよ
って
たったそれだけで
もしかしたら君のほうが
薄い氷の上を歩くような毎日かもしれないのに
ねえジミー
たったそれだけで
まだ青い芝生の上に出てみようか
と思ったんだ

今でも相変わらずのニュースが
世界中を駆け巡って
キャンパスにも相変わらず
軍服を着た学生が歩いているんだろうか
そんな彼らや彼女達にも
ジミー
冬の晴れた日の陽射しのこと
話してくれないか

ジミー
ホワイトオークリバーには
もう氷が張ったのかな
そして
ねえジミー
今日は晴れてるかい
君の街は晴れてるかい
君の国は晴れてるのかい
君の空も晴れているのかい


(2006-12-09)


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